※この記事における評価は直感によるものであり、相対的なものではありません
※二巻以降が発売されている場合、記事作成時点で読んだ全てを対象としています
※記事にネタバレを含む可能性があります
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<作品概要>
・タイトル:紅茶ボタン
・ 著者 :中里一
・イラスト:山田あこ
・投稿時点での発行巻数:1巻(完結?)
<評価>
・ シナリオ :★★★★★★★☆☆☆
・ 構成 :★★★★★★★★★☆
・ 世界観 :―
・ 雰囲気 :★★★★★★★★☆☆
・キャラクター:★★★★★★★★★★
・ テキスト :★★★★☆☆☆☆☆☆
(★★★★★★★★★☆)
・ 絵 :★★★★★★★☆☆☆
・ 読みやすさ :★★★★★☆☆☆☆☆
・ 総合 :★★★★★★★☆☆☆
・ オススメ度 :★★★★☆☆☆☆☆☆
<百合的注意点>
・百合度:低~中
・男性キャラの登場頻度:無
・ 男性キャラの邪魔さ :―
<感想など>
今回紹介するのは学園放課後ウルトラライト百合ノベル「紅茶ボタン」です。
読んで字のごとく小説になります。かなり独特で味わい深い文章です。読むのが大変でした。これを読むにはかなりの精神力を消耗し、また非常に目が疲れるという事を予め伝えておきます。
とはいえ大変な思いをしつつ折角読み切ったので、ここはこの本の調子に合わせてこの本を紹介してみようと思います。
この本は学園放課後ウルトラライト百合ノベルです。つまり「学園」と、「その放課後」そして「百合」を題材に書かれた小説という事になります。ここで大切なのは実はウルトラライトの方で、これはつまり形容詞なわけですが、では形容詞が何を飾っているかというとそれはもちろん名詞です。一般に「ライトノベル」と称されるジャンルがありますが、あれはつまり軽く読める小説作品であることを意味しており、つまりこの場合ライトはノベルにかかっているわけです。では今回のウルトラライトはどこにかかっているかという話なのですが、それは一見したときは「ライトノベル」という一つの単語を見つけることでウルトラライトノベルと一括りにしてしまいそうになるのですが、それなら学園放課後百合ウルトラライトノベルと称するべきであって、それは百合を題材にしたライトノベルが「ライト百合ノベル」ではなく「百合ライトノベル」と呼ばれることからも明らかであり、つまりこのウルトラライトはノベルではなく百合にかかっているということがわかります。だからこれは学園放課後ウルトラライト百合ノベルなのです。
お判りいただけただろうか。
ちなみにここまでの文章を書いて私に判ったのはこの小説は私には書けないという至極単純な答えだけでした。
なお私は本作の主人公・後藤青ちゃんの事が大好きです。3日くらい傍にいてその話を聞いてみたいと思いました。4日以上は精神が摩耗しそうなためご遠慮いただきたいとも思いました。
私が高校の頃比較的仲の良かった友人にあっぽんという人がいました。あっぽんはとても愉快な人でいつもみんなを笑わせてくれ、また彼も他者を笑わせようと常に心がけており、日毎ネタをしこんではそれを披露して皆を楽しませたり呆れさせたり乾いた笑いを浮かべたりさせていました。そんなあっぽんの持ちネタの一つにATMというものがありました。当時島田紳助さんが出演したCMで様々な英語の略称の正式名称を娘が父である島田紳助に問いかけるというものがあり、それが流行っていたのかそうでないのかは私にはわかりませんがあっぽんが利用したのですからそれは少なくとも他の同級生含め一般的な人であればネタが理解できる程度には浸透したものだったのだと思います。そのCMの中で島田紳助はくだらない事ばかり言って最終的に娘に「アホな父ちゃんもういらへん」というATMの正式名称を突きつけられてオチるのですが、あっぽんの見出したATMはそれとは違うもので、それは「あんちゃんのトライダガーは無敵だぜ」というとても画期的なものでした。当時それを聞いたクラスメイトは私を含め大いに笑い、そしてこういうネタに明るくない人は大いに首を傾げました。しかしそれが通じる相手が一定数いたのもまた事実で、あっぽんは思い出した時に度々そのネタを繰り出していたのです。しかし繰り返していくうちにそのネタで心から笑えるものは減っていき、最終的に周りに浮かぶのは乾いた笑いと種類を変えた笑みだけとなりました。
このことで重要なのはいかに優れたネタであっても鮮度があるか、あるいは繰り返す事で摩耗していくという事です。そういう意味ではお笑い芸人のもつ持ちネタやギャグというのは笑いとは隔絶された何かとして長く受け入れられる素晴らしいものであると再認識したりもしますが、そういうことではなくこの小説における文章の描かれ方もまた優れたネタであると同時に繰り返されることによって摩耗する可能性を持っているのではないかという事でした。
ちなみに私が最後までこの小説を読み切った感想は、そういうことは小説に限らずままあることで、つまりそれはこの世に満ち溢れており、要するにこれが人生だ。セ・ラ・ヴィー